2016年08月24日
忘れない! その2
昨日、その1でお伝えしたあの忌まわしい湯本の大火の続編です。
8月19日夜、折からのフェーン現象の炎熱の日であったが、温泉街上部で出火、見る見るうちに延焼してしまった。 全焼9軒、半焼2軒、破壊1軒で、その損害額 1億3000万円。50年前の1億3000万円であるからして、現在の貨幣価値に換算すればその損失額は考えただけでも途方にくれる金額だ。
約700名も滞在されていた湯治客全員が無事だったというのがせめてもの救いである。
(松之山町史より一部抜粋)
しかし700名の宿泊というのがすごいですね。
もちろん、ちとせも全焼してしまいました。破壊1軒というのがちとせの斜向かいの玉城屋さんです。
壊すことで隣に燃え移るのを防いだという事になります。実際にそれで延焼が止まったわけです。
下記の画像は私の祖父「柳 政司」が記録として撮影した大火後の3枚です。
当時、消防団長を拝命していたそうで、夏の渇水による川の堰止めをした矢先の災害だったそうです。
祖母の話によると、団長による陣頭指揮により、ちとせは女手と従業員さんの協力によりお客様の避難誘導が精いっぱいだったとか。
ですから、昔からのお宝?などは全て焼けてしまったそうです。(お宝があったのか!)

手を付けられなかった状態だったそうです。

遠く十日町や高柳からも消防の応援を頂いたそうです。

共同浴場もこのとおり野天風呂へ
復興に関しての資料は、その3にて後日お伝えします。
8月19日夜、折からのフェーン現象の炎熱の日であったが、温泉街上部で出火、見る見るうちに延焼してしまった。 全焼9軒、半焼2軒、破壊1軒で、その損害額 1億3000万円。50年前の1億3000万円であるからして、現在の貨幣価値に換算すればその損失額は考えただけでも途方にくれる金額だ。
約700名も滞在されていた湯治客全員が無事だったというのがせめてもの救いである。
(松之山町史より一部抜粋)
しかし700名の宿泊というのがすごいですね。
もちろん、ちとせも全焼してしまいました。破壊1軒というのがちとせの斜向かいの玉城屋さんです。
壊すことで隣に燃え移るのを防いだという事になります。実際にそれで延焼が止まったわけです。
下記の画像は私の祖父「柳 政司」が記録として撮影した大火後の3枚です。
当時、消防団長を拝命していたそうで、夏の渇水による川の堰止めをした矢先の災害だったそうです。
祖母の話によると、団長による陣頭指揮により、ちとせは女手と従業員さんの協力によりお客様の避難誘導が精いっぱいだったとか。
ですから、昔からのお宝?などは全て焼けてしまったそうです。(お宝があったのか!)
手を付けられなかった状態だったそうです。
遠く十日町や高柳からも消防の応援を頂いたそうです。
共同浴場もこのとおり野天風呂へ
復興に関しての資料は、その3にて後日お伝えします。
Posted by ひなの宿ちとせ社長 at 09:16│Comments(0)
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